ごあいさつ

始めまして!! 中部日本潜水連盟会長の江本豊久です。中部日本潜水連盟は中部地区でもっとも古くからあるアマチュアの潜水団体です、ですから会員の方には潜水歴40年以上と言う方も数多く残っています。

中部日本潜水連盟は指導団体ではありません、ダイビングを楽しむクラブ・グループの集合体・連合と言えばわかりやすいでしょうか。

以前はクラブ単位での加入でしたが 現在は海を愛する方ならどなたでも加入できます。出入りしている仲間とグループを作ったり、現在あるグループに入って活動したり ダイビングを通し 楽しい仲間たちとダイビングの技術を活かせます。

現在の活動は安全潜水講習会・海の清掃・環境活動団体のバックアップ等がメインで ダイビングショップとのツアーとは異なりますが、中潜で知り合った仲間同士のツアーも盛んになっています。

中部日本潜水連盟には約20のクラブが登録しています。現在、単独でダイビングをしている方には私たちのクラブをご紹介します。もちろん、清掃活動、環境活動の個人参加も大歓迎です。 ダイビングを通して 楽しい仲間と出会うことが また ダイビングを通して社会に貢献できることが私達中潜の願いです。

平成27年 11月
会長 江本豊久

当連盟の概要

団体NPO 非営利団体
設立1967年(昭和42年)4月
住所〒457-0823 名古屋市南区元塩町2-13-3
FAX052-613-3775
会長江本 豊久
事務局長鈴木 喜久次
会則会則(平成28年1月改定)

役員

会長 江本 豊久 名古屋市緑区
事務局長 鈴木 喜久次 愛知県稲沢市
副会長 木下 晃 愛知県知多市
理事(会計) 萩原 瑛司 名古屋市熱田区
理事 深谷 桂 愛知県東海市
理事 大河内 俊雄 名古屋市中川区
監査役 西田 久光 三重県一志郡一志町

(平成28年度)

沿革

連盟の発足と経緯

初期の連盟はクラブ団体を主体に構成されていました。1960年台(昭和35年頃)の名古屋地区(中部地方)においてScubaDdivingの教育が未成熟でした。そのため訓練を受けたダイバーを中心に海中への憧れを持つ人たちでクラブが結成されました。

高度成長期に入ると、ScubaDdivingが新たなレジャースポーツとして広まりる事になりました。ダイバーの人口が増えると共に、潜水技術の教育と、ダイバーのマナーを高める必要がクラブを越えて求められてきました。海に関わる全ての、漁業関係者と調整や関係行政と折衝などをふくみクラブのみで対応できるものではありませんでした。また、ScubaDdivingをスポーツとしての展望を考え任意団体「中部日本潜水連盟(中潜)」として1967年(昭和42年)4月に結成しました。組織として発足したのは1968年1月になります。

指導者の育成と広報

1968年(昭和43年) 第1回合同指導員研修合宿(三重県紀伊長島マリンビレッジ)を開催し、潜水指導の在り方の研究の先駆けとなりました。

中潜として結成され間もなく、ScubaDdivingが大きく知られる契機の事件が起こりました。捜索へ協力要請が当時の消防、警察から来ました。当時はScubaDdivingが出来る組織がありませんでした。1968年「飛騨川バス転落事故」そして1981年「戸谷小百合さん遺体遺棄」警察から要請で河川の水中捜索を行いました。この事件以後、県警、消防における潜水隊の発足を促すことになりまた。1968年巡洋艦「熊野」遺骨収集は特筆されます。フィリピンでダイビングツアー中に海底に眠る「熊野」を発見しました。当時ツアー中の中潜メンバーは急遽予定を変更して遺骨の回収活動をおこないました。回収された遺骨は厚生省へお渡ししました。

ダイバーの育成とスポーツとしての有り方を示す活動としてスポーツ大会の開催を行いました。1969年に第1回全日本水中スポーツ選手権中部地区予選を開催しました。それを期に選手選考を兼ねて「中部日本水中スポーツ大会」を始めました。この大会は1988年の22回まで開催しました。

潜水団体の集散とライセンスカード

1970年頃、全国の各地にSchubaの団体があり、連携して一つの団体として行政への発言と潜水教育の向上そして、カード発行する団体になる動きがでました。その結果、1972年全日本潜水連盟(JUDF)の発足し参加しました。しかしながら、1986年頃、方向性の違いか/らJUDFから脱会することになりました。

JUDFから離れたことによりライセンス(Cカード)の発行機関が必要とされました。そこで、世界潜水連盟(本部フランス)と提携する事により、シーカードの得ることになりました。1989年11月、世界水中連盟(CMAS)総会を名古屋で開催するまでになりました。

NPO団体としての方向性

1990年代においてライセンス発行はCMASとの契約を日本海中技術振興会が行うことになました。これにより、中潜はライセンス発行業務から離れることになりました。1997年以降も中潜はクラブの集まりとして諸活動を続けました。ライセンスの発行団体から離れたこともあり、会員クラブからの加盟費の徴収を見合わせる事になりました。

1990年代における海洋の事情は環境保護と改善への国際的なうねりの中にありました。それまでの自然の開発と発展の流れによる海洋汚染、環境破壊は直面す問題を導くことになりました。地球レベルでの温暖化・海洋環境が問われるこもなっています。

2002年に「持続可能な海洋の利用を」モットーにThe World Ocean Network(以下WON)がフランス国立海洋センターにオフィスを開設し活動が本格化しました。この団体と連携する形で中潜では、クリーンアップ活動を始めることになりました。WONが提唱した毎年6月8日(World Ocean Day)に世界でみんなが海に感謝し、海にやさしい活動をする日に中潜も参加しています。6月は知多半島海の大野海岸で清掃大会を行っています。清掃活動は月を追うように10月まで行っています。

2008年(平成20年)ワールドオーシャンパスポートの発行団体となり、海の市民活動を進めています。

中潜の体制改革

2010年(平成22年)これまでの会則を検討し、改訂のため検討を行い、翌年2011年(平成22年)改訂に至りました。この改訂では、クラブ加盟を主体から個人の加盟が認めることにしました。2013年(平成25年)にインストラクター養成を進めました。指導者をスタッフに加えることにより教育指導の点からも組織を整えることになりました。

2015年(平成27年)これまで会費を頂いていませんでしたが、この年の改訂で徴収する事になりました。

中潜ではより活動の幅を広げることを目指しボランティア活動のみならず、環境活動、安全潜水教育活動など行いつつ、他の団体との連携を進めています。